近所に不気味なビルがあります。そのビルは繁華街の片隅に建っている何も変哲もない雑居ビルなのですが、知っている限り、屋上から人が飛び降りて死ぬ、という事故がもう3件も起きています。私の家はその雑居ビルからちょっと離れたところにあるのですが、家から最寄り駅に向かう通り道の途中にあるので、毎日のようにそのビルの前を横切っています。

あれはある日曜の午前中のことでした。時間は確か11時半頃だったと思います。その日は午後から友達と遊ぶ約束があって、その前に寄りたいところもあったので、早めに家を出て駅に向かっていたんです。それで、その例のビルの向かいの歩道を歩いていたんですけど、ふとビルのほうから妙な気配のようなものを感じて、上を見あげたんです。そうしたら、屋上のところに人が立っていました。髪の長い女性。ふらふらした足取りで屋上の縁を歩いていました。

「あ……やばい……あの人もしかして……」そう思いました。そして、女性をよく見ると、背中に黒い煙のような、もやもやしたものが見えたんです。煙よりもっと真っ黒で、とても嫌な感じがしました。そして、その真っ黒な煙の中から手がズズッと伸びてきて、彼女の背中を押したんです。女性はそのままビルから飛び降りました。私はとっさに“見ちゃ駄目だ”と思い、目をそむけました。身体が地面に激突する嫌な音がして、他の通行人が悲鳴を上げる声が響き渡りました。目をそむけたせいで女性が地面に激突する瞬間は見ませんでしたが、地面に横たわっている女性からはおびただしい量の血が出ていて、ピクリとも動きませんでした。やがて救急車が来て、辺りに立ち入り禁止のテープが張られ、シートで目張りをされて、何もわからなくなりました。

もう遊ぶ気分にはなれませんでしたが、このまま家に帰ってひとりになるのも嫌だ、と思い、私は結局、そのまま駅まで行って電車に乗り、友達と会いました。飛び降りを見てしまった話もしました。友達も「え～それはきついね……」って気遣ってくれて、一緒に夕飯を食べてる時も「大丈夫？」って何度も言ってくれました。それで少しだけ気分が晴れました。友達にはとても感謝しています。

解散して、家に帰るために電車に乗って、最寄駅について、私はまたそのビルの前を通りかかりました。迂回して帰るのも考えたのですが、夜遅かったこともあり、一番人通りの多い道を通って帰りたかったんです。辺りにはもうテープも目張りもなくて、まるで何事もなかったかのように、いつもの風景が広がっていました。それで、私はまた上を見あげました。そうしたら、屋上にまだあの黒いもやもやしたものがあったんです。中から手が伸びてきて彼女を押したあのもやもやです。今度は誰もいませんでしたが、そのもやもやは屋上にただぼうっと浮かんでいました。

その日以降、しばらくはその道を通りかかるたびにビルの屋上を見るくせがついてしまいました。でも、その黒いもやもやを見たのはその日だけで、それ以降は何も見えなくなりました。あれはもしかしたら、あのビルの屋上に巣食う怨霊なのかもしれませんね。

（東京都新宿区　城島香奈子さん　28歳　ネイリスト）

藤花先生より

地縛霊というものがあります。この世に未練を残して亡くなった者の霊魂が、その場所にとどまり続ける存在です。地縛霊は不浄霊の一種で、霊的にけがれた存在です。中でも、自殺した方の地縛霊はとりわけ危険です。生前、現世に対して抱いていた負の感情が、邪悪な念として留まり続け、そこに似た波動を持つ者を引き寄せ、どんどん道連れにしようとします。そうして道連れにされた者は同じように地縛霊と化します。その連鎖が続くと、地縛霊は集合体と化し、凄まじい負の念を湛えていきます。「自殺がよく起きる場所」には大体こういった地縛霊の集合体が巣食っており、「死にたい」と思っている生者を際限なく引き寄せます。

投稿者様がご覧になった「黒いもやもや」は、その地縛霊の集合体です。冒頭で「自殺が多いビル」とおっしゃっていましたが、自ら死を決意した方が近くを通りかかると、ビルの地縛霊の集合体が出す負の波動と共鳴し、ほかのビルではなくそこに吸い寄せられるのです。

本来であれば、そういった場所は霊能者の手により除霊が行われるべきです。しかし、霊視をしてみましたところ、そのビルの地縛霊群は、もう長い間除霊されず放置され続けているせいで凄まじい状態と化しています。除霊するには力の強い霊能者がしかるべき儀式を何度も行う必要があるでしょう。投稿者様は特に霊的状態が不安定な方ではありませんので、通りかかるくらいなら特に問題ありませんが、あまり凝視しない方が身のためです。くれぐれも気をつけて下さい。